本当にすばらしい人種だと思います。
差別と言う言葉がなくなるといいとおもいました。
イギリス植民地時代からアメリカ独立初期にかけて、アフリカから奴隷として連れてこられた人たちの子孫で、南北戦争で奴隷制が廃止されて以後も、政治的、人権的な権利の制限はつづいた。
南北戦争で奴隷制度の撤廃を目指す北部が勝利した後、かなり以前から奴隷制度を禁止していた北部ではアフリカ系アメリカ人に対する差別意識は比較的薄く、ニューヨークやシカゴではアフリカ系アメリカ人の市長が誕生した前例がある。しかし、長い間アフリカ系アメリカ人奴隷の労働力に依存した南部では、アフリカ系アメリカ人に対する差別意識が強く残り(ジム・クロウ法)、アフリカ系アメリカ人に対しアメリカ全土で法の下の平等が保障されるのは、1960年代の公民権運動を待たなければならなかった。なお奴隷制度廃止後、奴隷から解放されて自由になったアメリカ黒人の自由の国として西アフリカにリベリアが建国された。
また、第二次世界大戦においては、人手不足からアフリカ系アメリカ人も軍人として戦争に参加することになった。当時「民主主義の武器庫」を自認していたアメリカであったが、「民主主義」という言葉とは裏腹に、大戦中に将官になったアフリカ系アメリカ人が1人もいないばかりか、実際の戦闘に参加したものはわずか5%のみで、残りの殆どが後方支援業務に就かされるなど、参戦によっても差別は解消できなかった。
1950年代以降、マーティン・ルーサー・キングなどを指導者に、アフリカ系アメリカ人をはじめとする被差別民族に対する法的平等を求める公民権運動が盛り上がりを見せる。その結果、1964年7月2日に法の下の平等を規定した公民権法(Civil Rights Act)が制定された。
しかし法的な差別が撤廃され、それがゆえに「自由な国家」であることを標榜する現在においても、白人がその多数を占めるアメリカ社会での少数派(現在約20%)である黒人に対する差別意識は根強く残り、白人に比べれば遥かに低学歴な貧困層が多い。
現在、ハーレムといった黒人社会において質の高い公教育を提供する行政実験が行われおり、特別な家系ではない黒人の子女がハーバード大を代表とする多くの名門校に進学する実績を挙げつつある。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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